(気温)
住居環境で日本と大きく違うところは、基本的に冷暖房の設備がないとことである。寒ければ家の中でも厚手のコートを着、暑ければ日陰に隠れなさいと言った感じである。従って、よその家庭を訪問して、寒ければ平気でコートを羽織っても失礼にはならない風習のようである。最近大手のスーパーで暖房の家電製品が出回って来ているが、非常に簡単なニクロム線のフアンヒーターが主流であり、暖房器具にしてはおぼつかなく頼りない感じがする。部屋の温度を上げなければ気の済まない我々は暖房機を購入するのだが、前もって借家の電気許容量を確認しておく必要がある。
やはり日本人には信じ難いことではあるが、設備容量の不足かトースターや洗濯機、電子レンジ等の稼動時に一時的に電圧が降下し電灯が暗くなることがある。又、落雷の多いこともあり停電が頻繁に起きるので、突然の停電に備えローソクか懐中電灯の準備をお薦めする。
夏の暑さは地域によって異なると思うが、中央高原地帯は乾燥気候なので日陰が涼しい。ベラクルスや高温多湿のワステカ地方はホテルにはクーラーが常備されているがサン・ルイス・ポトシ市のような高原では家の中が涼しく感じられるので暑さが苦手と思う人でも扇風機一つで夏を凌ぐことができる。
夏季の猛暑でも、一般家庭で扇風機を使っているのを見たことが無いと言われたが、経験のない日本人には不安な気持ちを抑えることが出来ずスーパーで購入することとした。(写真―右)
気温に関しては体感温度に個人差があるので一概に決め付けることは出来ないが、実際には湿度が低いために木陰が涼しく、北海道の気候のようでもあった。
ただ、中央高原は朝夕の気温の差が激しく、一日のうちに真夏と秋がめぐってきたような思いをする。
街を歩いていると、ある人は半袖の夏服で、ある人はセーターやジャンバーを着ている光景に出くわす事がある。最初の頃は、奇異にみえるがしばらく暮らしていると、その矛盾を理解できるようになってくる。 ベラクルスの気温は、サン・ルイス・ポトシ州の東南部にあるシュダッド・ヴァジェス市のような40℃まで上がることはなく、せいぜい最高31~32℃で年間平均28.4℃と言う変動の少ないところである。
(メキシコ・シティの気温と降水量のグラフ)
メキシコの首都。アステカ王国のかつての首都でもある。メキシコ中南部の標高約2240メートルの高地に位置する。
月別 |
1月 |
2月 |
3月 |
4月 |
5月 |
6月 |
7月 |
8月 |
9月 |
10月 |
11月 |
12月 |
平均最高気温(℃) |
21.2 |
22.9 |
25.7 |
26.6 |
26.5 |
24.6 |
23.0 |
23.3 |
22.3 |
22.2 |
21.8 |
20.8 |
平均最低気温(℃) |
5.8 |
7.1 |
9.2 |
10.8 |
11.7 |
12.2 |
11.5 |
11.6 |
11.5 |
9.8 |
7.9 |
6.6 |
降水量(mm) |
11.0 |
4.3 |
10.1 |
25.9 |
56.0 |
134.8 |
175.1 |
169.2 |
144.8 |
66.9 |
12.1 |
6.0 |
降水日数(日) |
2.3 |
2.1 |
3.1 |
7.9 |
12.7 |
17.7 |
23.4 |
22.8 |
18.9 |
9.5 |
4.4 |
2.6 |
メキシコ・シティの年間気温16.5度、年間最高気温23.4度、年間最低気温9.6度、年間降水量816.2ミリメートルである。 朝と夜の温度差が15℃以上ある日はめずらしくは無く、正しく一日の内に夏と冬の気温を体感する。
(雨量)
日本人が一番気にかかることに雨傘の要・不要の問題がある。私も着任当初サン・ルイス・ポトシ市の店を歩き回り、傘を探し回ったことがある。大変な大仕事で結局入手できなかった苦い思い出があるので、どうしても御心配の方は折りたたみを持参しなさいと言いたいところだが、言えない理由がある。
実はメキシコでの数ヶ月の生活の後、傘が販売されていない理由を知らされることになる。雨の降り方が日本と違い何時間も何日間も続く事は無いのである。突然黒くもが表れ雷音の後、30分位のスコールの次には嘘のように太陽が現れる陽気な雨であることが多いのである。
メキシコに根をおろし、20年暮らしている大先輩の一言”ここで暮らしてから一度も傘をさしたことが無い”に大いに納得である。
同じ州内でも地域によっても雨量が大きな差があり、高原のサン・ルイス・ポトシ市は年間降雨量200~400mmであるが、標高の低い東部ワステカ地方は降雨量が異常に大きく2,000mmを越えるところもある高温多湿地帯である。山間部には珍しい竹で作った家を見る事ができる。サン・ルイス・ポトシ市に於ける1989年の雨量の記録をみると、6ヶ月間0mmと驚異的な乾燥が続いたとある。地元の人達に聞いた事であるが給水制限からシャワー、洗濯等が数ヶ月できなかったそうである。
私は2001年4月の着任早々、3万人を賄う市の浄水場を視察したが、やはり渇水期ということでダムが底をつき、浄水場の貯水槽や沈殿槽が干上がってカラカラの状態であった。
この期間はダム湖の水が利用できないので、飲料用として地下水を汲み上げて各家庭に給水する。
この地区の地下水には砒素が多量に含まれているが、危険を承知で飲料に供している
9.交通事情あれこれ
交通ルール(運転マナーと対応策)
交通事情で特筆すべき事は”車”に対する考え方である。日本人のルールは全く通用しないと考えて良い。道路は車のためにあり、如何に人命を尊重するのかではなく、如何にスムーズに車が走れるかに主体がおかれているようにも見える。
従って、道路を横断する人間に対し平気でクラクッションをならして注意をうながす。徐行や停止をして人命を優先する気持がまったく見られない。また、横断歩道が一番危険と言う現実があり、道路の横断は思いついた場所で左右の安全を確認して一気にわたることをおすすめする。
日本の過保護とも言える交通ルールに守られて生活してきた我々には環境を理解するまで若干時間がかかるが、1ヶ月もすると合理的にも見え始め1年も過ぎれば快いスリルにも感じ始める人がいるかも知れない。
しかし、自動車保険の加入率も低いので、事故補償を期待できないと考えるべきであり、日本と同じ気持ちで対応していると大変な結果になる。
信号も100%車のためにあると考え、青信号、赤信号をみて安心して行動する日本の習慣を捨てきらなければならない。
不幸にも事故に遭遇した時に、相手から”すみません”の一言で済まされてはかなわないだろう。
しかも交差点には必ず信号のある日本と違い、信号のある交差点は非常に少なく、優先順路に従って早いもの勝ちの運転ルールが基準となっている。サイドミラーで左右を見、フェンダーミラーで後方を見、安全確認のために躊躇していると、後方から一斉にクラックションが襲ってくるだろう。過保護とも言える交通ルールで育ってきた日本人には理解できないだろう。
免許制度も発展途上のレベル?にあり、試験の合格証を交付すると言うより許可証を発行するといった方が良いかも知れない。其の上車検制度がないので公用車でもスピードメーターが作動不能と言うケースも珍しくはない。
進路変更時にウインカーをつけている車は30%程度あり、大部分の車は方向指示器を意識していないか、故障したままであるかのどちらかである。
自転車にセレブは乗らない?
市内のみの使用であったが、比較的遠いところへの買い物には自転車が便利であった。ただし、日本とは違い道路はあくまでも車両のために作られているので、自転車の安全は確保されていない。正直言って相当注意をしなければ危険といっていいだろう。
更に反射板をつけ、チェンのカバーとライトを買い万全を期さなければ乗れなかった。
交通事情を理解し、街の道路網を知り尽くしておれば自転車は交通手段として大いに役立つ。ただし、任国の自転車に関するイメージは金持ちの乗り物ではない、いわゆるポブレ(貧乏人)の持ち物という認識があることを参考までにお伝えする。確かに、利用している人は子供か、労務者風の人が乗り回しているので若干勇気が必要な方もいるかもしれない。 最近大手のスーパーでは、駐輪のための施設を用意してきているので、少しずつ自転車に対する考えも変ってきているのかも知れない。又、マニアのために、街の数箇所に自転車の専門店を見ることができる。(実際にはスポーツ・マニャも少なくはない)
遠距離バス及び市内バスの状況
メキシコはバス路線が比較的発達しているので、市内であれば40円~50円で何処へでも移動できる。旅客鉄道は廃止され貨物のみの輸送手段となっており、長距離の旅行は10数社の路線バス営業による。
ベラクルス市、サン・ルイス・ポトシ市ともに10数社のバス会社が営業しており、メキシコ・シテイへの便は早朝から夜中まで一時間おきに往復している。
メキシコ・シテイからサン・ルイス・ポトシ市まで凡そ400Kmの距離で270~340ペソ(3250~4100円)の費用であるが、値段の高いバスは飲料水とサンドイッチ付、車内も綺麗に清掃され足元も広く快適な環境といえる。(2003年の頃)
長距離バスは必ずトイレが完備し、大きな手荷物も引換券で管理されているので安心して預けることができる。サン・ルイス・ポトシ市までのバスの所要時間は5時間であるが、ベラクルスまでは約350kmと若干近いにも関わらず、所要時間は5時間と変らないようである。
昔はバスジャックが横行したらしいが、ポリスや軍による定期的なチェックが功を奏し現在では殆ど事件が起きてないようである。出発から2~3時間してバスへポリスが乗り込み荷物の検査とボデイチェックを行うが、日本人に対しては寛大であり普通はフリーパスの事が多い。聞くところによると、バスジャック防止よりも麻薬所持検査の目的が主体とのこともあるらしい。
地方へ行くほど旧式のバスに出くわすことが多いので注意が必要、実際ミチオワカン州の山道を運行中、前車輪のシャフトが折れた事故に遭遇したことがある。乗客は目的地の6km手前で降ろされ、山道を2時間歩かされた苦い経験がある。タバスコ州では出発間もないバスに異様な振動を感じたが、多分悪路のためと思っていたところ路上で突然停車して足回りの修理を始め、結局一時間の遅れとなったこともあった。
この時のバスはさほど旧式のバスには見えなかったので、やはり普段しっかりとした点検整備の習慣がないことに起因した事故と思われた。2年の間に4回の故障事故に出くわしたが嘘のような本当の話である。車検制度のない国であると言うことを考えれば、夜行バスが如何に危険であるかが予測され、こう言った理由からも絶対避けるべきであることは明確である。又、この様な状況下では自ら乗用車を運転することにも相当の覚悟が必要であることが分るであろう。
タクシーにも乗り方がある
最後に交通手段としてのタクシーについて説明しよう。
メキシコシテイのシンボル
メキシコ・シテイのタクシーは犯罪の温床で知られており、サン・ルイス・ポトシ市からシテイに上京する際に地元のタクシー運転手から親切なアドバイがあり”シテイへ行くのですか?くれぐれもタクシーには気をつけて下さい”と注意されたことがある。
タクシーのなかにリブレLibre(白タク)とシテオSitio(所属が明確)の2種類あるが、犯罪は流しのLibreに多い。 空港には空港専属のタクシーが営業されているが最近小奇麗に整備され、運営管理もされているので安心して利用出きるようになった。
空港の券売所で行く先を述べて事前にタクシー券を購入するので殆どトラブルはない。 黄色とシロのツートンカラーでボデイに飛行機のマークが画かれているので間違う事は無い、2年前までは緑と白のツートンカラーのフォルクスワーゲンが主流であったが現在はすっかり入れ替えてしまいLibre以外は殆ど見かけない。日本人は金持ちに見られるらしく日本人が今までに幾人かLibreの犠牲になっていると言う。直接聞いた話であるが、メキシコで10年以上生活の経験がありスペイン語も堪能な家族であったが、女性と年配者のみと言う弱みにつけ込んだ強盗に襲われたとの事であった。大声を上げて騒ぎ難をのがれたとの事であるが、騒いで殺害されなかったことは幸運であったとしか言いようがない。もう一件は夜遅くタクシーで移動した例であり、やはり強盗被害にあっている。2,002年の3月にはメキシコ・シテイで邦人の強盗殺人事件があったが、早朝人気のない路上での犯罪であった。30代男性の魚卸行者で長年働いていたベテランにもかかわらず、慣れが災いしたのか事件に巻き込まれている。メキシコ・シテイに限らず、早朝や夜間の人気の無い所での単独行動は絶対さけるべきであろう。空港内には荷物運搬を専門に請け負う人がいるが、日本人と見るとしつこくヘルプを勧めるので曖昧な返事をせずキッパリとことわること。親切な言葉で法外なチップを要求する者がいるので注意が必要である。地方のバスターミナルには必ずタクシーが客待ちをしているが、やはり事前に券売所にてチケットを購入して利用するシステムが安心である。
地方都市はシテイほど悪質ではないが、最初のうちは流しのタクシーは避ける方が無難である。費用の目安は15分で(12ペソ)360円くらいである。どうしても流しのタクシーを使わざるをえない時は、乗る前に値段の交渉をしなければならない。
ちなみに当時、サン・ルイス・ポトシではバスターミナル(長距離)までは30~40ペソ(360円~480円)であり、空港までは凡そ100ペソ(1200円)かかった。
ベラクルス空港は、市の中心部から南西11kmのところにあり、バスはないのでタクシーを利用する。メキシコの玄関口と言われるだけに、メキシコ・シテイへとの航空便数は多く、アエロメヒコ航空(7~8便)やメヒカーナ航空(6~7便)と賑やかである。此れに対しサン・ルイス・ポトシ市はアエロメヒコとメヒカ―ナ2社の共同運営であり、日に4便程度である。
タクシー犯罪に関して恐ろしい話をしてきたが、地方都市はよほどの油断をしなければ問題は生じない穏やかな街である。其の上、最近タクシー業界も改善が進み、各タクシーに走行メーターを装備し始めているので、徐々に安心して利用出来るようになってきている。安心出来るタクシーには、運転席に身分証明書と顔写真が貼られておるので安全の目安になる。
“大都会には悪いことに迷うやからが多いのは全世界共通である。わが国もしかりであろう。