報告・トピックス・主張・提言・随想

■彼岸桜が満開(2016.03.06)                                                                   会員  大平 一昭     
当家の菩提寺に近接した早稲田大学の彼岸桜は、例年秋分の日ごろ開花しますが、今年は暖冬の為か3月6日に満開でした。

    


■梅の花が満開でした(2016.02.18)                                                            会員  大平 一昭
下欄に紹介した等々力緑地の梅が満開でした。
           

■梅の花が咲いてました(2016.01.15)                                                          会員  大平 一昭
年があけてから、寒い日がい日が続いていますが、暖冬なのでしょうか近所の等々力緑地の梅が1月だというのに開花していました。

         


■富士山が噴火した?                                                        会員  吉田 博至

                      
  
5月23日の午後4時過ぎに富士スピードウエイをバイクで試走中に富士山を眺めたとき、ドキリとしました.富士山の真上に噴煙(雲?)のようなものが見えたのです。
噴火の前兆かな?と・・・。地震や噴火が多い昨今、これが現実にならないことを祈ります



■デング熱に想う                                                                                JECK理事長   植岡 龍太郎(2014.10.05)

今年9月7日東京の代々木公園と上野公園で蚊に刺されデング熱の兆候が発見されたとのメディア情報が日本中を駆け巡った。日が経つに連れ同公園に立ち寄った人、寄ったことのない人、東京以外の日本各地の人たちにデング熱ウイルスが発見された。この種ウイルスが蚊に媒介されることから、この種の蚊が流行地の熱帯域から単独で飛来したと云うより、人なり貨物なり何かに付着して日本の何処かに密入国したと云わざるを得ない。
海外に短期や長期の業務滞在をした私や私の家族は、デング熱や疑似マラリア、狂犬病、ハエ幼虫症などに繰り返えし感染してきた。90年代にJICA専門家として滞在したカリブ域のドミニカ連邦国で、高熱と発疹に悩む妻を現地人の主治医は地元の病院に即時入院させた。特効薬はない、ただ体力維持のために3泊4日で点滴をするだけとのこと。約40人の大部屋に布団を持参し、パイプベッドに3泊し退院した。後遺症は見られない。勿論、人口1.5万人の首都ロゾーでも、軽トラック搭載の噴霧器で蚊の駆除薬を噴霧して回った。当時、工事現場の夫を訪れた日本人母子はその兆候を体感しながら、飛行場での検疫騒動を恐れるあまり医師に受診することなく離島し、帰国後に日本人医師から肝臓障害を指摘されたと云う。マダガスカルで高熱に悩み現地人医師の治療を受けた我が家族に後遺症はないが、医師に掛からなかった小生は帰国後も風邪と診断されながら疑似マラリアの症状を見ることが何度かあっ高熱者探知機を備えながら発見できなかった国内各地の飛行場検疫や高熱者のデング熱を診断できなかった医療機関を差し置いて、この種の専門知識を持ち合わせない素人に詮索する余地はないが、今回は高熱患者を診断した医師が偶々その知識を持っていたからデング熱の診断が出来たのではないか。日本国内に熱帯流行病などの研究者がいて、話題が広がればそれなりの処方箋が出て来るものの、国外の地域病に正面から対応できる医療機関は少ない。地域流行病は施設が不備であっても、現地での治療に学ぶことが多いのではないか。地球温暖化による感染域の北上に対応するためにも。


■水、あれこれ                                                                         JECK会員  汐崎 郁代(2014.9.14)

 水道の蛇口から流れ出る水を、コップで受けて飲む― それが出来る国は地球上に幾つあるのだろうか? 今まで足を踏み入れた国は先進国も含めおよそ30ヶ国、都市の数で70前後になるが、普通に水が飲めたのは北米2ヶ国と北欧、それにオーストラリアくらいだったように思う。今年春の船旅で、その中の16ヶ国、地中海沿岸諸国から南米、そしてポリネシアの幾つかの島を巡ってきた。寄港した国は主に発展途上国だが、殆どが滞在1日の観光旅行だから、それぞれの国についてじっくり観察出来たとはても云えない。しかし水事情の悪さは共通なので、特に印象に残った。
  JECKやJICAには、ベテランの中之薗さんをはじめ、数多の水の専門家が居られるし、その他の専門家諸兄姉もそんな事は先刻承知、とおっしゃると思うので、ここで専門的な話をするつもりは無いが、水にまつわるエピソードを、水のようにとりとめなく書く事をお許し頂ければ幸いである。
 ペルシャ湾に面したご存じの富裕国・ドバイは水の都である。ペルシャ湾から引き込まれたドバイ川などの運河が中心部を巡り、中心街に立ち並ぶ、壮麗なモスクや趣向を凝らした近未来的なデザインのホテルや商業ビルが、遊覧船から眺められる。ジュメーラというリゾートビーチからは人工島の上に作られた超高級ホテルが眺められるなど、砂漠の民の水への憧れが結晶した国か、と思った。飲み水は海水の淡水化で造っているけれど、ホテルやレストランではボトルのミネラルウォーターを使っているところを見ると、やはり飲み水には不自由しているのだろう。ドバイは実は石油は殆どとれないのだそうで、財政は外国資本の投資の自由や外国人労働者の雇用の自由を完全に保障することで賄い、住民からの所得税はゼロなのだそうだ。
 寄港地の一つ、トルコのエフェソス遺跡は、古代ローマ帝国以前から栄えた王政都市で、街は行政地区、商業地区、居住区などに分かれ、大理石の整然とした石畳の町並みに、アルテミス、ポセイドンなどギリシャ統治時代の神々の像が立ち並び、劇場・図書館・浴場も備えている。居住区の一画に、公衆トイレが置かれていた。それは、水路の上に蓋をする様に置いた、長い大理石造りのベンチの形をしていて、当時の人々が並んで座り、用を足しながら互いに「お尻合い」になった、とは流暢な日本語を話す現地ガイドのエムラーさんの話だ。
 地中海沿岸と云えば、紀元前4世紀ころからの古代ローマ帝国の隆盛期に、各地で上下水道の建設が盛んに行われたことは有名なので、ヨーロッパから西アジアにかけては伝統的に水道設備や水洗トイレがよく整備されているのかと思っていたのだが、そうでもないようだ。物の本によると、古代ローマ帝国の滅亡とともに、水道の文化は忘れ去られ、都市部に人口が増えるにつれ、特に排泄に関しては、不衛生な状態が19世紀末まで続いたようだ。
 ベネズエラの印象はホームページに少し書かせて頂いた。首都カラカスから遠望出来る山腹には、貧しい人々が住む掘建て小屋が、ビッシリと貼り付いている。南米諸国にはよく見られる光景の様だが、一方それを見上げる中心市街には、緑の並木に囲まれ白亜の彫刻が捧げる大噴水や人工池が幾つも配された、広く贅沢な大通り公園がしつらえられており、奇妙な対比に複雑な気持ちになる。ここでも、飲み水は有料。水洗トイレは有料だったり、店で買物をしないと借りられなかったり、また紙を流すことは出来ない。
 そのほかの幾つかの南米の寄港地や、イースター島、タヒチなどにも寄ったが、事情は同じだった。飲み水に関しては硬水が多いほかに、水道設備の衛生上の問題もあり、水洗トイレについても下水設備が不完全ということらしい。
 飲み水について云えば、日本の様に、レストランに入ると早速、お茶や水とおしぼりを持って来たりするのは、外国人にとってはきっと驚きなのだろうと想像する。帰国してみて湯船のある風呂にも感激したが、公園や駅のホームなど、あちこちに水飲み場が設置してあることにも新ためて気付く。災害時や熱中症予防には特に有難いと思う。
 日本人はなんとなく、日本は水の豊かな国、と思っているが、JICAや環境省、国交省などの統計によると、実はその創出に際して大量に水を使う農・畜産物、魚貝類といった食料品や、木材などの60%以上を実は輸入に頼っているのだと云う。また、2011年の東北の大津波、昨年辺りからの各地の豪雨被害と、「豊か」の言葉にはそぐわない水の影響が出始めた。更に世界的にも水の被害が連日のように報告されている。安心ばかりはしていられない。 

                         
      ドバイ、ジュメーラビーチから人工島を見る                             トルコ、エフェソス遺跡

       
     カラカス、プロセレス大通り(公園)               横浜市営地下鉄、高島町駅ホームの、総ステンレス製の立派な水飲み場

 
                              

       

〇クルージングに参加した汐崎会員から次のようなお便りがありました。
 NPO法人ピースボートが運航するクルージングに参加して、地中海から南米、ポリネシアを通る旅をして来ました。途中、JECKに関係のありそうな2・3のエピソードを随時ご紹介します。

クルーズノート  その3.(最終回) 映画上映    汐崎 郁代
 6月に入り、ペルーから横浜をめざして、太平洋を長く航海する日々が続きました。洋上での退屈しのぎを当て込んで持参した映画を、乗船客の人々に公開することにしました。「日本の若者シリーズ」と勝手にテーマを決め、@ 北島亜美さんの「リキシャレース・・」、A 「肉弾」(岡本喜八、特攻隊員として、終戦後に空しく死んだ若者の話、昭和43年芸術祭参加作品)、B 「電車男」(現代IT社会の申し子の様な、いわゆるオタク青年のいじらしい恋物語)の3点を、6月5日、14日、19日に公開しました。職業柄40年間も、二十歳前後の若者と関わって来た経緯から、色々な日本の若者の姿を、客観的に、多くの人々に知って貰いたいと願ってのことです。幸い毎回、老若男女多くの観客が集まってくれて、この企画は成功でした。中でも皆さんご存じの「リキシャレース」での北島さんの活躍は、口うるさいお年寄り連中にも強烈なインパクトを与えたようで、大変な評判でした。(写真は上映風景)


                                                                                                                                                                                                                                                                    
クルーズノート  その2.モロッコ    汐崎 郁代
 話が前後しますが、4月26日、モロッコのカサブランカに寄港しました。モロッコでは、「日本語を勉強している若者達と交流する」というツアーが計画されていました。良い機会なので、中之薗さんの許可を頂いて、JECKAの事務所で眠っている「和絵辞典」を寄付することにしました。荷物の都合で10セット=40冊しか運べませんでしたが、事前にピースボート事務局で見て貰ったところ、大変喜んで貰えました。私は都合でツアーには参加出来なかったので、ピースボートスタッフの櫻田晶子さんにお願いして運んで頂いたのですが、現地でも歓迎されたとのことでした。 その様な訳で現場の写真は手に入らなかったのですが、代わりに櫻田さんと一緒の写真と、モロッコの国旗を添付しておきます。
 尚、この場をお借りしてお断りしますが、「和絵辞典」はJECKAの為に作ったものです。利用されるに当たって一々汐崎の了解を得て頂く必要は無く、ご自由に役立てて下さる様、小泉さん・中之薗さん・加藤さんには申し上げてあります。どうぞご承知下さい。

                             
                               モロッコの国旗(Googleより)           桜田さんと筆者(ピースボート歓迎セレモニー)



クルーズノート  その1.ベネズエラ    汐崎 郁代
 5月7日、ラグアイラに寄港した折、ベネズエラ外務省の事務官4名が乗船してきて、話を聞く機会がありました。前大統領のウーゴ・チャベス氏が亡くなって1年余り、後任のニコラス・マドゥロ氏の舵取りが注目されています。ベネズエラは世界1の石油埋蔵国として知られていますが、それによる利益を惜しみなく、貧困対策に回したため、多額の借金を抱えてしまった経緯があります。これからどうするか?質問してみましたが、返事は当然ながら「マドゥロ氏を支えて努力して行く」と云った当たり障りの無いものでした。しかし、JETROのビジネスニュースなどを見ても、
( http://www.jetro.go.jp/world/cs_america/ve/biznews/5329629f90498 )インフレ抑制策などの試みが続けられていて、確かにこれから頑張って行くでしょう。
 首都カラカスを観光しました。山の斜面に貼付くようにして、貧困層の掘建て小屋がひしめいているのが悲しく遠望出来ました。未だ々々前途は長いと思われます。

                            
    ベネズエラ外務省、文化・政策担当官のファビオラ・エルナンデス氏と         カラカス近郷の庶民の街




私の本棚 
読んだ本の紹介、書評等

                                                                                     

私の推薦する1冊の本                                    福田信一郎(2016.03.03)
日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた 
著者:嶌 信彦(ジャーナリスト、元毎日新聞、日本ウズベキスタン協会会長)  角川書店発行 1600円(税別)   

日本が敗戦後満州にいた日本軍将兵約57万5千人がソ連の捕虜となりシベリアへ抑留され、そのうち約5万人が更に中央アジアやモンゴルなどへ送られた。彼らは極寒の地で過酷な強制労働に従事させられ約5万5千人が死亡した。
本書はシベリア鉄道で中央アジアのウズベキスタンの首都タシケントに送られた捕虜たちが、シベリア抑留の悲劇とは違ったソ連での抑留生活、即ちオペラ劇場建設に従事した抑留者たちの奇跡の物語である。
当時、ソ連は文化面や宇宙開発などで欧米に「追い付け追いこせ」をモットーにソ連の各共和国に1か所オペラ劇場建設の計画を立てた。タシケントのオペラ劇場の建設のために送られてきた将兵は満州の旧陸軍航空部隊の永田行夫大尉を隊長とする457名の工兵で、元大工、電気工、とび職等技能者や技術者達であった。
彼らは旧ソ連の4大オペラハウスの1つとなるビザンチン式様式の(ナボイ劇場を2年後のロシア革命30年に当たる1947年10月に完成させるために、厳しい収容生活に有りながら「後世に日本の恥となる劇場は作らない。その上で全員が元気で帰国する」ことを使命として若干24歳の永田隊長の統率の元、日本人の技術、勤勉、団結力を発揮し懸命に働き完成させた。またソ連側の収容所長の人間性、市民や現場の親方たちとの心温まる交流、地元女性との悲恋等多くの逸話が描かれている。
1966年タシケント襲った直下型地震にもびくともしなかったことから日本の技術の優秀さがさらに高く評価された。当時の抑留者からの面談や現地調査を基にした物語は読者を感動させ、かつ日本の評価を高めてくれた大先輩に感謝の念が禁じ得ない。
福田は2001年初めからタシケントに赴任した。赴任早々以前から評判を聞いていたナボイ劇場を訪れた。そこで会った年輩の方がこんな話をしてくれた。当時建設現場を息子に見学させていた母親は「坊や、大きくなったら、この日本人のように勤勉な人になるんだよ」と諭したと言う。その後赴任、出張等約10年間ウズベキスタンに関わってきた。福田が最初にタシケントの土を踏んだ時から、日本人である自分は他のどこの国でも経験したことのない地元の人たちの温かみや親切さ、尊敬のまなざしを感じ気持ちよく仕事や生活が出来、かつ成果を出すことが出来た。これはナボイ劇場に従事した先輩たちが困難な仕事を通じ得られた日本人に対する高い評価のお蔭だと常に感謝している。


                                                                                                                                                                 
日本 (株)日鉄ヒューマンデベロップメント 学生社 1996.09.20第4版8刷 現在は、第10版           会員  大平 一昭(2015.05.01)

海外出張する新日本製鉄の従業員の為に執筆・編集されたものであるが、外国人と接触する機会の多い人に広く読まれている。
日本の地理・歴史、政治、経済、企業経営、社会、科学技術、文化について、外国人に説明することを意識して、右ページに日本語、左ページに対応する英語が記述されている。
日本企業における意思決定手段の「稟議制度」にも説明している。
海外で、奥様同伴で会食したときなに、日本の文化、例えば能、生け花、茶の湯、侘び、寂がトッピクスとなった時にどこまで英語で説明できるか?
この様な時にこの本が役立つ。私の持っている本は4版だが、現在は10版が発行されている。


メス化する自然 著者:デボラ・キャドバリー  訳:古草秀子、監修:横浜市立大学教授井口康泉 1998年 鰹W英社発行)
                                                                                        会員 水処理専門家 工藤 眞也(2015.05.01)

リー川の魚が何度検査しても、オスがまるでメスのようにふるまっている、要するに、通常なら精子を生産するはずのオスが、あたかも卵巣を持ち卵黄を生産しなければならないメスのごとく、生理学的に完璧な変化を遂げていたのだ。つまりオスが性を変化させていたのだ。これはイギリスBBCテレビの科学番組を長年プロデュースしている敏腕サイエンスジャーナリストの執筆本の一節である。 デボラ・キャドバリー女史は、下水処理場からの放流水中の汚染物質が原因とも記載している。当然のことながら日本の河川も同様な状況にあることを認識しなければならない。又女史は次の様な恐ろしい事も記述している。「現在、人間の精子の数の劇的な現象が報告されている。デンマークの研究によれば過去50年間に半減し、英国のエジンバラの研究では過去25年に25%の減少が報告されている」と云う。 1998年の執筆であるが、当時驚愕に震えて読んだ事を思い出す。
 あれから17年経過しているが、我々が飲んでいる飲料水の河川水は、当時とそれぼど変わらない処理技術を採用しているいが、国によっては環境ホルモン生成を配慮し塩素滅菌からオゾン処理に切り替えているところも見かける。但し、河川中の汚染物質だけが原因ではなく、様々な要員が報告されていると記載されている。
 この本は研究論文では無いので比較的専門外の方にも読みやすいと思うので、興味ある方は是非一読されることをお勧めする。





Trivia(鄙事、つまらない事)
実用的な価値は無いが面白い話題を提供するコラム。面白い記事を募集中。可能なかぎり出典を明示する。
●銀ブラの語源
ブラという言葉は、一般には「銀座通りをぶらぶら散歩すること」(広辞苑)と言われているが、もともとは、「銀座の“カフェ・パウリスタ”でブラジル珈琲を飲むこと」であるらしい。
小島政二郎は、〉小説「甘肌」の中で、(慶応大学の)文科の同窓生の成毛五十六が銀ブラという言葉の命名者だ」と特定している。(パウリスタは、現在も銀座五丁目で盛業中)(大平一昭)
長谷川泰三 日東珈琲元社長 三田評論 No1122 2009.04 PP9-10)

●カタツムリの殻は右巻き
エスカルゴの例では、右:左=20000:1である。鶴巻植物は左巻き、右巻きともにあるが、仏様の巻き毛は左巻きである。(大平一昭)
右?左?のふしぎ Henri Brunner 柳井浩訳 丸善出版

●アラブのトイレ
サウジアラビア・リアド市のSheraton Hotel の男子用トイレの個室には、ビデが設置されていた。シャワートイレの様に使用するらしい。(大平一昭 体験)

●アラビア語圏の数字表記
アラビア語のワープロ、タイプライターは、右から左へ横書きするが、算用数字を打つときは、自動的に左から右へと変更されるそうである。因みに、名刺に書かれた電話番号は、045(123)4567 が、4567(123)045と表示されていた。(大平一昭 タイプ等の体験はしていない。)

●専門家の定義
「専門家とは、その分野で何をすれば失敗するかを知っている人」 原典不明 (大平一昭)
飯田訓正 慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授 三田評論 No.1173 2013.12 P24

●2013年度イグノーベル賞
イグノーベル(Igmoble)賞は、あり得ないような(imposible)実験で、人を笑わせてそして考えさせる(Reserch makes people laugh and think)研究に与えられる世界的な賞である。
新見正則帝京大学医学部准教授は、2013.09.12にハーバード大学で受賞した。
受賞対象は、「心臓移植されたマウスに、オペラ「椿姫」を聴かせると、免疫制御細胞が誘導され拒絶反応が抑制される。というもの。
モーツアルトはそこそこ有効、エンヤ、津軽海峡冬景色、地下鉄の音、工事現場の騒音、単一音は無効であった。
マウスを入れるケージが不足し、ドアのそばに置かれたマウスの拒絶反応がなかったことがこの実験の発端であった。(大平一昭)
新見正則(帝京大学医学部准教授) 三田評論 No.1173 2013.12 PP(8-9)

●健康寿命
統計からの試算では、男性の平均寿命は79歳、健康寿命は70歳ぐらい。女性は平均寿命は85歳、健康寿命は73〜74歳と推定している。
JECK会員の健康寿命は平均を鼓していると思える。ご同慶の至り。(大平一昭)
竹林亨(慶應義塾大学医学部教授)三田評論 No.1162 2012.12 P13

●富くじ発祥地
江戸の富くじの発祥地は、早稲田の了英山宝泉寺であり、落語「富久」で有名な富岡八幡(深川八幡)は、富くじ発売に際して同寺のノウハウを使用したと伝えられている。(宝泉寺住職 大塚享永)残念ながら、この文書の記録は、戦災で焼失している。(大平一昭:宝泉寺は当家の菩提寺)

●クルーズ船の税金
通常、公海航行中のクルーズ船内の商品は、消費税相当分が無税扱いだが、イタリア近辺をクルーズする場合には課税された。払い戻し返済には、イタリア出発時に手続きを必要とする。(大平一昭 体験)

●三角お結びは川崎宿が発祥
川崎市によると、三角お結びは、江戸幕府八代将軍徳川吉宗一行が川崎宿に宿泊時に、徳川家の紋章である葵紋に見たてようと、お結びを三角形に握り、丸い盆に三つ並べたのが発祥とされている。(大平一昭)
読売新聞 川崎版 2015.02.17 

●ルール形成でも台頭する中国
中国には、「三流の会社は製品を作り、二流の会社は技術を売り、一流の会社は企画を売る。」という言葉がある。先進国は、ISO等の国際企画が自国に有利になるように、企画の起案、作成に積極的に参画している。(大平一昭)
日経ビジネス No.1776 2015.01.26 P33



過去ログ
ホームページ記載後一定期間を経過した投稿記事等は、下表に収納されます。項目をクリックしてお読みください。
他のURLにレポートがある場合は、それぞれ個人名からLINKしますのでそちらの方もご覧ください。例:肥後照雄会員
海外情報・随想・一言(投稿順) 投稿日 投 稿 者
熱気と商機のミャンマー 2014.03.12 肥後 照雄
■メキシコ下水処理プラント施工支援 2013.03.26 工藤 真也
からすの一撃  2011.09.02 植岡 龍太郎
■富士登山     2011.10.03 吉田 博至
南スーダン独立 - ジェバ便り 2011.07.09 谷保 茂樹
■日本語指導の難しさ 2011.06.14 大平 一昭
■上海万博雑記 2010.08.12 加藤 博通
■USバイクツーリング  2010.06.20 吉田 博至
カナダ社会で暮らす  2009.10.04 田篭 勝美
北スペイン・巡礼の道を往く 2009.08.05 佐藤満壽哉
ペルーの日本人      2009.06.09 加藤 博通
ヨルダンの異文化経験 (2009.04.01) 吉田 博至
メキシコ文化にふれる(2009.04.01) (2009.04.01) 工藤 真也
















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住所: 231-0001
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  • 桜木町駅 汽車道、ワールドポーターズ、サークルウォークを通り徒歩15分
  • 関内駅北口から馬車道経由でワールドポーターズ方向に徒歩15分
  • 馬車道駅(みなとみらい線)4番万国橋出口からワールドポーターズ方向に徒歩10分
  • 横浜駅 市営バス8, 20, 58, 110, 127系統、本町4丁目下車、ワールドポーターズ方向に徒歩8分。
  • 100円バス 土日祝日、夏休み、冬休み、春休みのみ運行。横浜駅または桜木町駅から赤レンガ倉庫行き100円バスでワールドポーターズ下車、サークルウォークを通り徒歩3分
  • 自動車:首都高速神奈川線みなとみらいICから5分

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