2009.06.09.
  ペルーの日本人                               (加 藤 博 通) 

 「ペルーで有名な日本人は誰だと思いますか。3人挙げて下さい。」
先月5月ペルーに行った時、ペルーの友人からの問いかけである。

 さて麻生さんはまだそれほど有名ではないかなと思案していると、彼は「一番目はフヒモリ(フジモリ)ですよ、
なんと言っても元大統領ですからね」。 「なるほど、それはそうだ。でも彼はペルー人ではないのですか」。
「ええ彼は日系二世のペルー人ですが、日本国籍も持っています」。

 「そうでした、2人目はだれですか」「加藤明さん、知っていますか」。
 「いや、知りませんね」。
「そうですか、加藤明さんは1965年ペルーへ女子バレー・ボールの監督に来られ、
それまで最下位レベルだったペルー女子をオリンピックに入賞させ
(1968年、メキシコ・オリンピック、4位)、その後もずっとペルーに在住され
1982年リマで亡くなりました。ペルーでは誰一人知らない人は居ない有名人ですよ。」


(故加藤明監督夫妻(WEBサイトから転載)







 「3人目は勿論、天野博物館の天野芳太郎さんです。 戦前天野さんは実業家(百貨店経営)としてパナマで大成功され支店をリマに開かれ、傍ら若い時から関心の深かった考古学に関し古代アンデス文明の遺物収集にあたられました。
しかし第二次大戦時米国がパナマに永い天野さんは敵国重要人物として米国へ拘留、収集品没収(未返還)、交換船で帰国させられましたが、戦後(1951年)密航同様にペルーへ戻り在留邦人の熱烈歓迎を受け事業の再開を果たされ、特に日系人入植地を中心にチャンカイ文明(11〜15世紀、ペルー中部)を発見、膨大な遺物、織物、編物、レース等の出土、採集と研究に心血を注がれ私財を投じたリマの「天野博物館」に残されました」。

 「天野博物館」は天野さんの「外国人が発掘、採集したペルーの遺物をペルーの人達に有料で見せることは出来ない」との遺志から現在も無料公開であり、その運営はボランティアの人たちにより行われている。 その精神は今に引き継がれ頭が下がる。
一方、昨年4月にペルーに来た時、テレビに「フジモリ最高裁特別法廷」でフジモリ氏が起訴事項に対して胸をはり反論する姿が実況中経されていた。
 「ペルーでは裁判をTV実況するのですか」と問うと、「いや、普通の裁判は放映禁止ですが、これは「特別法廷」だから公開放映されています」との応えが返ってきた。
国民の関心は大変高い。 その後「有罪判決」が下っているが、ペルーは二審制であり控訴がされている。

 今回もペルー南部のプーノ、イカ県等農村地帯へ行くと、「FUJIMORI INOCENTE」「KEIKO FUERZA」(フジモリ・無罪、ケイコ・頑張れ)との壁標語(中国の壁標語と同様)が頻繁に眼に入る。 2011年はペルー大統領選挙の年であり、現大統領アラン・ガルシア・ペレスは引退を表明している。 所得格差の大きいペルーでは、フジモリ人気は高く、彼の長女で上院議員のケイコに対する支持・期待は農民等貧困層を中心に非常に大きい。
 但し、ケイコ(コロンビア大学MBA)の学資がフジモリ大統領時代の汚職資金から出たのではないかとの捜査もされていると。 将来の見通しはなかなか難しいことである。